「OPEN MIND」全部自分が創った世界

家族4人世界一周20ヶ月の旅。「幸せな人生、自分の人生を歩む」そんな想い方を、旅と瞑想を通してお伝えしています。

【被告の立場となって(後編)/ 天国と地獄 】

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「告訴を受けてからの日々」

 

丁度ラスベガスで、告訴を知らされる事となった僕は、

 

原告から送りつけられた陳述書(事件の概要、原告の言い分を数十ページに渡り並べた文章)と共に、およそ100項目に及ぶ誹謗中傷、人格否定、名誉毀損としか言えない暴言、言い掛かりに対し、

 

その一つ一つを項目分けして、自分の育ち・人格・生き方から、経営理念・自身の哲学まで、また施術方針・施術理由を人体の構造から理論立てて弁明を繰り返す「答弁書」作成の日々となっていた。

 

とは言え、

僕らは4歳、2歳のめちゃくちゃ手のかかる子供を連れてアメリカ横断の真っ只中。

 

大移動と観光に加え、今日の寝床や明日の行き先など、旅の情報収集だけでも旅人は大変なのに、そこに育児・家事・車中泊の準備もろもろが加わり、

全てが落ち着き子供が寝静まった深夜だけが、裁判対応に向けられる時間だった。

 

さらにこの頃は連日ミニバンの車中泊が続き、ろくにPCを開く場所も電波もない状況だったから、頻繁に利用してたウォルマートの駐車場で、ホームレスと臭いベンチを奪い合ったり相当な苦労だった。

 

そうこうしながらも、

ついにアメリカ大陸キャンプ&車中泊生活に終止符を打った僕らは中米グアテマラへ移動。

 

そしてすぐに辿り着いたパナハッチェルという町で、散々な日々が待っていた。

  

ここは世界一美しいとも言われる事のあるアティトラン湖のほとりの町。 

それでも僕は、それから2週間という日々を部屋からほぼ一歩も出ずに過ごす事となる。

 

と言うのも、裁判期日までいよいよ2週間を切った追い込みの最中、

水にあたり自分を含め家族全員、40℃を超える熱に倒れたのだ。

 

貴重な時間を失った僕はそれからの約10日間、家族の看病をしながら裁判資料作成のため、朝7時〜深夜3時過ぎまで延々と宿に閉じこもる日々を送ることに・・

 

そんな苦しい日々を過ごす事となった訳ではあるけれど・・

 

そもそも今回の告訴、

 

こちらにその氣は無いのだから、

全てが原告の妄想から始まった事は、間違いのない事実だった。

 

「原告の意識状態」

 

これまで女性だけでものべ1万8千人ほどの方を施術して来た開業からの9年間、そんな事は指摘でさえ一度も受けた事はなく、今回証人としてのご協力をお願いした15名の女性にも快く承諾を頂けた様に、僕の施術は真剣そのものだった。

 

それが、人の「想い」というのは恐ろしい。

 

彼女の長い人生をかけて築き上げたフィルターを通してみれば、僕の真剣な施術は「いやらしいタッチ」であり、僕の真剣な施術説明は「スケベを隠すための嘘」となる。

 

当初、自分の施術が誤解を与えた事に深く謝罪を申し上げたが、

まったく聞く耳も持たない様子だった。

 

どこをどうしてどんな妄想を膨らませて行けば、

そこまで人は勘違いを出来るのか。。

 

しかし現実として、  

人は何も存在しないところに、想いによって様々な現実を創り上げる事が出来る。

 

今回の件はそのいい例でもあるが、

ただ真剣な施術をしていた僕をよそに、

彼女の頭の中は、卑猥な被害妄想に溢れていた訳だ。

(そこにどんな過去や苦労があったかは別問題として)

 

それも、当時38の僕にセクハラを訴えたこの原告、

還暦も近い年配者で、かっぷくの良い独身女性だった。

 

それでいて年甲斐もなく、上目遣いでぶりっ子の様な振る舞いをし、

まだ駆け出しの心理カウンセラーでありながらも自分を神と称し、

特別、恋愛相談に力を注ぐ人物であった。

 

この内容だけでも、女性意識や自意識過剰な様子は理解できるが、

 

人の意識を観て、人に教えを説こうとする人間が、

自分自身の屈折したレンズにさえ気付いていない。

 

頭に知識を詰め込み、自分自身は何もヒールされていない

カウンセラーやヒーラーに多いタイプの人物だった。

 

僕が施術中にも、

こちらが求めてもいないカウンセリングを一方的に始め、

的外れな持論を無理に押し付けては、マウンティングをしてウフフと笑い、

 

陳述書の中では、

「あなたが私に好意を持っている事は、最初から分かってました」

 と・・・

20も年下で、

施術所にやって来た患者を、ただ施術しているだけの僕に向かい、

平然とそう言う彼女の世界。

 

そんな自称、神の自覚のもと、ありとあらゆる危険な妄想によって僕はズタボロに人格否定をされ、その理由を生い立ちにまで遡り、

 

「スポーツに打ち込んでいた人間は大概こうだ」

「子供を溺愛する夫は、嫁に恵まれていない」

「人間のクズだ」、「動物以下だ」、・・・・・ 

 

そして、

嫁さんにまで及ぶ誹謗中傷、さらに嫁への直接の脅迫メール、

店のブログや、個人のFBにまで嫌がらせを書き始める程のものだった。

 

そんな自分の危険な世界観に翻弄されながらにして

自分を疑う余地もなく、自分自身を神とまで称し

人に脅迫メールを送りながら、愛を語ってしまう

人の「意識の恐ろしさ」

 

そんなものをまざまざと見せられた、今回の一件だった。

 

しかしながら、

自分の妄想で膨らませた怒りのエネルギーに支配され、

およそ1年にも渡り人生の貴重な時間を費やしては、数十ページに渡る

資料を用意して、とうとう告訴にまで及んだ原告の観る世界。

 

しかし現実、そこには「何もなかった」訳だ。

 

人の意識は、何も無いところに問題を創り上げる事が得意であり、

その自意識が創った世界に、誰もが翻弄され生きている。

 

神を名乗った彼女の観る景色は、

悲惨なエゴ意識に投影された地獄とも言える世界だった。

 

僕たちは常に、自分自身の意識が投影した世界に住んでいる。

 

そんな自分の意識が生み出した世界の中に、

天国や地獄と言われる世界がある。

 

つまり、自分の意識の状態次第で、

僕たちの住む世界は天国にも地獄にもなる。

 

だから物事を観る時、判断する時、

人が幸せに生きて行こうとする時、

 

それは真実なのか、自分の意識を通して観たものなのか、

そこをきっちり観分ける事の出来る自分を作る事が大切になる。

 

そこを見れない限り、自分の創った世界に翻弄され続け、

そこを観る事が出来る様になれば、明らかに人生は好転する。

 

 

そう言う訳で僕は、

心を「止める」こと、そして「観る」こと、

 

その大切さを、瞑想を通して皆さんにお伝えしている。

 

それこそが、人生を分ける基礎、

社会を左右する基礎となるからだ。

 

 

そして肝心な裁判の行方はというと・・

 

弁護士を付けず、法廷にも立てない窮地の中、

 

当然ながら、全面的勝利で幕を閉じた今回の事件だった。

 

僕がいない法廷で闘ってくれた当院のメンバー、そして僕を信頼して退任後も尚、応援を続けてくれた患者様方々に心より御礼を申し上げたい。